森の食堂 ア・ラ・カルト

フランスの片田舎で、四季の食材を使った料理を楽しみながら、森の動物とネコ達と暮らす日々を綴ったブログです。

2015年01月

2015.01.31.Sat

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2月2日 追記
1月上旬に起きたフランスのテロから始まったイスラム過激派絡みの事件は、移民問題、中東、シリア、テロ行為、イスラム教などについて私に色々と考える機会を作ってくれました。いえ、自分が今まで無関心で過ごして来てしまったため、考えようと努めてきました。それだけに被害者の、他人の死をこれほど悲しく思ったことはありません。被害者家族と政府の方、解放のために努力された方々へ、心からお悔やみとお疲れ様を言いたいと思います。





2015.01.28.Wed

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今もどこかで行われている戦争。その戦争が原因で、住むところや家族を失くした人達がいる。そして、その傷ついた人達に声をかけ励まし、地獄のような場所に少しでも明るい陽射しが差し込んで欲しいと、日々願っている人達がいる。

なぜ戦争ジャーナリストというのは、いつ自分が死ぬかも分からない危険な場所へ行き、取材をし私たちに真実を伝えたいと思うのだろう。もしテロリストに拘束されれば、誰かに迷惑をかけることになる。死んでしまえば悲しむ人もいる。それが分かっていて何故。

戦地でのジャーナリストの仕事というは何なのか。怪我をして運ばれる子供、難民テントで暮らす人々、破壊された街、並べられた死体、銃を持って戦う人、虚ろな目をした子供達、戦争によって起きた様々な様子をカメラに収め、ビデオを回してそこにいる人達の生活を記録に残す。

そんな戦いの中で暮らす人達と寝起きを共にし、同じ釜のメシを食べ、そしてまた争いの起こっている場所に写真を撮りに行く。
毎日のように人が死に、食べるものも貧しい環境で必死に生きる人達と一緒だからこそ特別な『情』が沸いてくる。
そういった生活を繰り返していくうちに、ジャーナリストと人々との間に、強い絆が生まれて来る。



シリア市民は言う。「この現実を世界に知ってもらうことで、いつか国際社会の人達が自分たちに力を貸してくれる。そして、この悪夢からいつかみんなを連れ出してくれる日が来る」切実にそう信じている。



『この苦しい環境で暮らす人達は、どこからか救いの手が差し伸べられることを願っている。なんとかしてあげたい。この人達をほおってはおけない。』ジャーナリストが何度も危険な戦場に戻る理由は、ただこの一点なのではないでしょうか。

大切なのは辛く暗い戦争の現実だけを見るのではなく、そんな環境の中でも希望を持って生きようとしている人の姿を見ることなのだと思います。

後藤健二さんが、それを命をかけて発信してきたのであれば、私たちはそのことをしっかり受け止めなければいけないと思うのです。






2015.01.22.Thu

25日、追記

フランスでのテロ事件の余韻が冷めやまぬうちに、日本人が人質にとられるという事件が起きてしまいました。

去年からイスラム過激派の起こす事件を頻繁に耳にするようになり、そして今年に入って、さらに身近に感じるテロの事件が立て続けに起こっています。まさか日本人がこんな事件に巻き込まれるとは思ってもみませんでしたが、それは勝手な思い込みで、そもそも今の日本という国は、資源を輸入し物を作り、またそれを国外で売る事によって、現在の生活の豊かさが保たれているのですから、世界の日本の立場を考えると、自分たちだけが安全地帯に立って、厄介ごとには関わり合いを持たずにやって行ける訳がないということなのでしょうか。

フランスのテロ事件以来、イスラム教のこと、この事件が起きた意味、湯川遥菜さんや後藤健二さんが私たちに伝えたかったこと、シリアの人達やイスラム過激派に追われた難民達のことをよく考えます。イスラム国はイスラム過激派のたったひとつのグループにすぎません。


人は誰でも必ず人生の最後に「死」というものと向き合わなければならない。それを目の前にしている人に対して、自己責任だの自業自得だのという言葉はもう聞きたくない。

できることなら後藤健二さんが無事に戻れることと、亡くなった湯川遥菜さんのご冥福を心より祈りたいと思います。

次回からは今まで通りのブログ内容に戻りたいと思っています。



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2015.01.19.Mon

林檎のタルト

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アーモンドクリームと林檎のタルト

お菓子を作る機会は、友達や家族が来たときくらいでしょうか。

そんな時はいつでも家に転がっている林檎を使ったタルトを作ります。
タルト生地は、サクっ、ホロっ感があった方がいいですね。

自分用にする時は、ツヤを出すためのジャムはあまり塗りません。
カロリーオーバーになると言われますから・・(^n^;)


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先月末三たび、長い停電がありました。15分〜1時間半の。
私たちの生活というのは、電気がないとホント何もできなくなりますね。

夜に停電になると、それこそやることもないし
なんでもパソコンに依存し過ぎているなと感じました。

ロウソクを点して、静かに本を読むのも悪くないものです。
いや、逆にそんな時間が必要なのかとさえ思いました。


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林檎とカスタードクリームのタルト

フランスで暮らしはじめて15年。
このままここで生活をするのか、それとも日本に帰るのか。

漠然とこのまま、ここにいるのだろうと考えていましたが
ちゃんと現実を見直して、もっとこの国に関わりを持って生きていこうと
思いをあらたにしています。今ごろ遅い。 (ノω=;)

そういった目的でブログに費やす時間も使いたいと思っています。
今でも皆様のブログへお伺いする回数が、かなり減っていましたが
また減ってしまうと思います。

コメント欄も時間のとれる時に開けると思いますので
どうぞご了承くださいませ・・。








2015.01.16.Fri

ひと休み・・ニャン

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2015.01.14.Wed

イスラミスト

今回の記事も前回のように「森の食堂」から連想される今までの記事とはだいぶ違って、イスラム過激派のことが多くを占めています。いつもブログに足を運んで下さっている方に、読む事やコメントを強要したくありませんので、是非興味のある方だけご覧になって下さい。


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西暦2000年に入ってから世界各地でイスラム過激組織(以下:イスラミスト)の起こすテロ事件や虐殺が頻繁に起こるようになってきた。
そんな事件が起こる度に多くのイスラム教徒は、イスラミストの信じるイスラム教は本当のイスラム教ではない、イスラム教では殺人を禁じていると言う。

今回の事件で犠牲になったフランス人警察官3人のうちの一人もイスラム教徒だった。その警察官の家族も「イスラム過激派とイスラム教を混同しないで欲しい」と話している。

しかし、こうまでたくさんイスラミストによる事件が世界中で起きていると、イスラム教というのは、いったいどんなことを教えている宗教なのだ?と思わずにはいられない。どんなにイスラム教で殺人は認めてないと言われても、イスラム教との因果関係なしで考えることはできないのではないか・・と誰もが思う。


宗教というものは、その時代の人々や社会の考え方によって、それぞれの教えの解釈の仕方が大きく変わってくると思う。


中世ヨーロッパで起こった魔女狩りも、現代ではとても信じられない理由で、人々が魔女裁判にかけられ、数百万の人が処刑された。そしてその80%が女性だという。
魔女は悪魔と結託して、キリスト教社会を破壊する存在だと本気で考えられていたのだ。

この魔女狩りも、本来キリスト教では人を殺すことが禁じられているにもかかわらず、宗教の名のもとに大義名分によって、人を殺す事も善しということになってきた。


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古代、争いやいざこざが耐えず、病に苦しみ盗みや殺人が繰り返される世の中で、人間が人間らしく社会で生きて行くために、心のよりどころとして宗教が生まれ発達してきたのだと思う。

そんな時代の中で生まれてきた、ひとつの宗教であるイスラム教の教えの中に、「不条理な抑圧や人を苦しめる行為に対しては、抵抗しなければならない」という考え方があったとしても不思議ではない。

それは現代にも通じることで、不当な行為や残虐な行為が、世の中で平気でまかり通ってはいけないのだ。


ところがイスラム過激派の考え方の中には、その不正や不条理な抑圧こそが、現在のアメリカやヨーロッパ、ロシアが自分たちにしていることであって、そのことに対して抵抗をすることは当然のことであり、それを『正義による聖なる戦い』だと解釈しているから始末が悪い。

その聖なる戦い(ジハード)で死んだものは、天国へ行く事が保証されているので、イスラミストは「死」というものを怖がらない。しかもその天国では、現世での行いの報奨として72人の乙女が与えられ、永遠に性交をして楽しんで暮らせるという。


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-ナイジェリアでボコ・ハラムと言われる過激派組織から逃げてきた女性達-


イスラミストは村を侵略し自分の領地を広げ、男性や異教徒は見せしめに首を切られるか銃殺される。

そして女性たちは、戦いの戦利品として市場で性の奴隷として売買され、絶対的な服従を強いられる。
女の子には勉強する権利を認めていないため、子供たちの学校が破壊される。

アッラーの名の下に日々殺戮が繰り返されている。
そんなイスラミストの行為を知れば知る程、どんどん気持ちが落ち込んでくる。

首を槍に刺してさらしものにするなど、これはもう何もかも数百年前に中世ヨーロッパがしてきたことと同じだ。
果たしてこの現代の私たちの考えと、彼らイスラミストとの思想の隙間を埋めることができるのだろうか・・。



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フランス人はフランス革命で掲げた、自由、平等、友愛(Liberté, Égalité, Fraternité )の精神を脅かす存在と、宗教的な力に支配されることに対して激しく抵抗をする。

今回のテロ事件は、そんな最もフランス人の嫌う、政治と宗教をごちゃ混ぜにした、平等という概念を持たないイスラム過激派によって、表現することと宗教を選ぶ自由を脅かされ、イスラム教徒を裏切った。


※イスラム教を尊重する意味で画像は削減します。

そして今日、シャーリー・エブドから新しい新聞が発行された。絵には「私はシャーリー」と描かれたカードをイスラムの予言者が手に持っている。

上には『全ては赦された』と書かれている。そのまま意味を解釈しようとすると、「私たちシャーリーも、イスラム過激派も(神によって)赦された」
つまりお互いを赦しなさい、敵をも赦しなさい。というキリストの教えのようにとらえることができる。


この絵のことで妻と少し口論になった。これは明らかにイスラミストを挑発しているものに感じたからだ。
フランス人が見たら誰でも分かる。これは”キンタマ”と予言者をだぶらせて描かれている。しかも、すでに予言者を偶像化してしているので、その時点でイスラム教を冒涜しているということになる。

この絵についてシャーリー・エブドは、記者からの質問の答えに対して「決して”タマ”を連想して描いている訳ではない」と言っていたが、誰が見てもそう感じるものは、やはり載せるべきではないのだと思う。

「表現の自由」を大義名分にすれば、何をしても良いというものではない。


ウィキペディアによると風刺画とは、主題の愚かしさを暴きだし嘲弄するものと書かれてある。この絵は一見誰かが反省しているようにみえるけど、売られたケンカを買っているように取られても仕方がない。
しかも、この「赦される」という言葉にキリスト教的なニュアンスがあるとしたら、もうこの戦いは終わらない。
トルコではインターネットで、この風刺画が見られなくなっているらしい。

剣を突きつけられて、剣で返しても争いは収まらない。必要なのは他でもない剣を収める鞘なのだ。
それが見つかるのは、まだまだ先の事なのだろうか。








2015.01.12.Mon

フランス人がひとつになった日


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昨日のデモには凄い数の人が集まった。数字で何十万人と言われてもピンとこないけど、テレビで流される映像を見るとその数の多さに驚く。

今回の事件で犠牲になった人達、テロを起こした人間、その全てがフランス人だったという点も人々にとっては衝撃的だったのだろう。

でも、自分にはここまでの連帯意識をフランス人に持つ事はできなかった。そこはやはり日本人なんだろうと思う。オリンピックでも人が自然と自分の国の選手を応援してしまうように、その国で生まれ育った人間にしか芽生えない特別な想いがなければ、ここまで多くの人が結束してデモに参加する事はなかったと思う。


テロの事件以来頻繁に見かける『je suis charlie 』というスローガンがある。「私はシャーリー」(英語的に発音するとチャーリー)。シャーリーって誰?この事件が起きたシャーリー・エブドという週一回発行される新聞社の名前だということは妻に教えてもらって分かった。そこに描かれている風刺画とはどんなものだろう?

イスラム過激派から、何度も殺すという脅迫を受けているのも関わらず、警告に屈することなく風刺画を描き続けた理由は何だろうか?


今回のような大規模にフランス人がアクションを起こした「私はシャーリー」を理解するためには、イスラム過激派が今行っている、公開処刑、虐殺、人身売買、レイプ、奴隷化、人々を恐怖におとしめて力で支配する行為が、どれだけ非人道的で悪意に満ちたものかということから目を背けてはいけない。
10歳の子供に爆弾を巻き付けて、自爆させることができる人間達なのだ。

彼らシャーリー達はこのイスラム過激派に対して風刺画を描く事で戦ってきた。


※イスラム教を尊重する意味で画像は削減します。


       マホメット 「私は神の使い(予言者)だぞ、バカモノめ!」
       イスラム過激派 「だまれ!この異教徒が!」

この絵が言わんとしていることは、イスラム過激派は
(自分達のことをイスラム教徒だと名乗っているけれど)
イスラム教の予言者さえも判断できないくなっている。

イスラム教徒が予言者に刃を向けるなどあり得ない
イスラム過激派は、すでにイスラム教徒ではない。


この絵はイスラム教をバカにしてるのではなく、イスラム過激派を愚弄しているのだ。イスラム教では、偶像を造ったり拝んだりしてはならないという教えがあるため、こうやって予言者を絵に描くだけで、宗教の冒涜だということになる。


ユーモアや笑いのツボというのは、世界によってそれぞれ違いがある。フランスのコメディー映画が日本では受け入れられないのが良い例で、チャップリンやMr.ビーンのような言葉がなくても笑えるものと違って、皮肉や遠い言い回しで笑いを取るフランスコメディーは、ただ言葉を訳しただけでは、面白みや本当の意味は伝わらないのです。


シャーリー・エブドの風刺画は、妻(フランス人)の協力なしでは分かりにくいものばかりで、フランス語の持つ意味、国の文化や時代背景、宗教を知らずにただ絵を見ただけでは理解できないものが多い。

確かに日本の一部の人達の意見にあるように、風刺画の中には、宗教を冒涜したと取られるやり過ぎたものもたくさんあり、過激派に殺されたのも仕方がないという見方ができる。
だからこの人達が真っ白だとは、私も思わない。
しかし、脅迫にも負けずにイスラム過激派を批判し、その悪行を世に知らせようとしていた姿勢は認められるべきだと思う。

そして、彼らは殺されてしまった。


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そもそもこのシャーリー・エブドCharlie Hebdo という週刊誌は、左的思想の人間の集まりで、実際に事件のあった日の会議のテーマも「差別をどうやったらなくせるのか」というものだっと、あの日に一緒に出席することになっていたパトリック・プルーPatrick Pellouxという外科医がそう証言している。


日本のニュースではうわべばかりの「表現の自由」という言葉が表に出てしまっているけど、その言葉の裏側に『イスラム過激派に対して、私たちはペンを持って攻撃する。その表現の自由を誰も妨げることはできない』という意味が含まれているのだと私は思う。



昨日のフランス各地で起きたデモ集会は、「暴力で自由は奪うことはできない」「民族の壁を越えた友情」「言論と表現の自由」「宗教の自由と他宗教への尊重」「差別のない平等な社会」「イスラムの過激思想と真のイスラム教とは別物」等々、それぞれ集まった人の想いに違いはあっても、フランス共和国が掲げる「自由、平等、友愛」の精神の元に人々が結束した、多くのフランス人にとって忘れられない一日になった。











もう一度だけ今回の事件についてブログに載せます。
その時にコメント欄は開けさせていただきます。




2015.01.10.Sat

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今年はフランスを知るという目標を年頭に立てたのですが、いきなりテロの事件が起きてしまい、どこから始めていいのか少し戸惑っています。

今日、土曜日も今回の事件に対しての大きなデモが、フランス各地で行われ70万人の人が集りました。




人の命はある日突然予期せぬ終り方をする時があります。まさか自分がそうなるとは多くの人が思わない。明日も明後日も、1年後の自分さえあると考えるのが極普通なのかもしれません。亡くなられた方の家族や親友の悲しみは、想像さえできません。


いままでは世界のどこかでテロが起きたと聞いても「大変なことが起こったんだ・・」くらいにしか私も思ってきませんでした。でもそんな無関心が、今世界にある様々な問題につながっているのですから、何故今フランスでテロの事件が起きたのかということに、きちんとない頭なりに考えていきたいと思っています。


明日、日曜日もヨーロッパ各国の首脳が参加するデモがパリで行われます。無事に事が終了することを祈りたいと思います。










2015.01.09.Fri




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Photo de Elena Shumilova








2015.01.07.Wed

今回のテロ事件で思う事

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つい先日まで氷点下の気温になっていたこの地方も急に暖かくなり、今日は雨が降っています。

日本でもパリで起きたテロ事件のことが大きく報道されているようで、母から「あんたの所は大丈夫かー!?」というメールが届きました。




事件の概要はすでに日本でも報道されていると思いますので、詳しくここには書きませんが、昨日、新年の始まりに出版社に集まっていた風刺画を描く漫画家やその仕事の関係者、警備をしていた警察官がテロの犠牲になり、犯人は現在も逃亡中です。


「フランスの風刺画」というと政治や宗教の時事問題を皮肉たっぷりに表現することで有名ですが、あの手のジョークを笑って受け流すことができる人もいれば、それとは反対に宗教の冒涜と取る人もいます。この事件は歪んだ考え方を持ったイスラム教信者兄弟の犯行です。


昨年から新聞記者や一般人を捕まえて首を切る処刑や、12月にパキスタンで起きた104人の子供達の殺戮など世界を騒がせるテロ事件は、自分の手の届かないどこか遠い国の出来事のように思っていたのが、実は私達の生活の中にもすでに実在しているのだと思いを改めました。

それはテロの脅威が身近にあるというだけ意味ではなく、テロリストを育てる社会構造の中で、自分たちも同様に生活をしているということです。





フランスは今まで多くの移民を受け入れてきました。様々な民族が暮らすグローバルな社会と言えば聞こえはいいのですが、実際には様々な宗教、文化、伝統や習慣の違う民族がひとつ同じ国で暮らすということは簡単ではありません。当然多くの問題を抱えることになります。


つい先日も記事にしましたが、郊外で車を放火するような事件も、国外からフランスに来て暮らす移民2世、3世が暴徒と化し起こすことがほとんどです。



問題なのは今回の事件のような兄弟が、テロリストになるまでの人格に育ってしまった。その原因を作ったこの社会の根っこの部分を見直さないかぎり、また次のテロリストが生まれ、犯行が繰り返されるだけです。


それはにはまず、それぞれの宗教の持つ本当の意味を小さいうちからしっかりと教育すること、信じる宗教が違ってもお互いの意見をきちんと尊重すること。

それと私たちが
今まで繰り返してきた、利益を優先した生活や物の考え方の積み重ねが、ひとつの原因になっているということを真摯に受け止め、そして考えを改めていかなければならないのだと思うのです。






2015.01.04.Sun

ワン、ニャン

新年ですから☆



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お胸




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お鼻







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おケツ・・プリっ







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今年もよろしくお願いいたします♪


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大きくなりました♪





2015.01.03.Sat

年明け早々、焼かれました

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      ※画像はLe PARISIENより


新年早々ちょっと穏やかではない画像から始まりましたが、(うちの車ではありません)今年はブログでもフランスの時事問題等を取り上げていこうと思います。

ということで、まず大晦日の夜から新年にかけて起きた、フランスではお約束のようになってしまった車の放火。

今年も45,000人の警察官が警戒していたにもかかわらず、フランス各地で940台の車が燃やされるという事件がありました。
その数の多さに驚いてしまいますが、これでも年々減る傾向にあって、去年の1,067台より12%減ったとニュースや新聞では伝えていました。

年が明けると同時に、「新年おめでとうーー!」というかけ声が街中のあちこちで聞こえ、車のクラクションが鳴り響き花火が上がり雰囲気もお祭りムード。そんな騒ぎの延長が、歪んだ形でこういった車への放火につながるようです。



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世界ではひっきりなしに様々な事件が起こり、メディアを通してニュースという形で耳に入ってきますが、次から次に新しい情報が入って来るので、過ぎてしまえば「ああ、そんなことがあったね・・」くらいにしか残っていません。

この車が燃やされた事件にしても、どうして人はそんな行動に出たのか、なぜそういう若者が育ってしまったのか、今の社会にも何か原因にがあるのではないか、ということはまるで話題になりません。死者さえでなければ大きな事件としては扱われず、この事件もまた新しく起こる数々の事件に押し流されていくのでしょう。

ニュースというものが、見る人の好奇心を満たすリアルな劇場のように感じることがあります。




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さて、2015年はどんな年になるでしょう。
私の今年の目標のひとつとして『フランスを知る』ということをあげてみました。

ブログをやっているとどうしてもそれに時間を費やしてしまうので、どうせ同じ時間を使うのであれば、自分の目標を満たしつつやっていきたいと思っています。

フランスの文化、習慣、言語、考え方、宗教etc・・まだまだ私の知らないことばかりです。
日本との違いを感じていただければ幸いです。(o´∀`o)






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ボク、ケンカしちゃいました(=´〜`=;)
顔の傷が痛そう・・




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