森の食堂 ア・ラ・カルト

フランスの片田舎で、四季の食材を使った料理を楽しみながら、森の動物とネコ達と暮らす日々を綴ったブログです。

2015.01.28.Wed

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今もどこかで行われている戦争。その戦争が原因で、住むところや家族を失くした人達がいる。そして、その傷ついた人達に声をかけ励まし、地獄のような場所に少しでも明るい陽射しが差し込んで欲しいと、日々願っている人達がいる。

なぜ戦争ジャーナリストというのは、いつ自分が死ぬかも分からない危険な場所へ行き、取材をし私たちに真実を伝えたいと思うのだろう。もしテロリストに拘束されれば、誰かに迷惑をかけることになる。死んでしまえば悲しむ人もいる。それが分かっていて何故。

戦地でのジャーナリストの仕事というは何なのか。怪我をして運ばれる子供、難民テントで暮らす人々、破壊された街、並べられた死体、銃を持って戦う人、虚ろな目をした子供達、戦争によって起きた様々な様子をカメラに収め、ビデオを回してそこにいる人達の生活を記録に残す。

そんな戦いの中で暮らす人達と寝起きを共にし、同じ釜のメシを食べ、そしてまた争いの起こっている場所に写真を撮りに行く。
毎日のように人が死に、食べるものも貧しい環境で必死に生きる人達と一緒だからこそ特別な『情』が沸いてくる。
そういった生活を繰り返していくうちに、ジャーナリストと人々との間に、強い絆が生まれて来る。



シリア市民は言う。「この現実を世界に知ってもらうことで、いつか国際社会の人達が自分たちに力を貸してくれる。そして、この悪夢からいつかみんなを連れ出してくれる日が来る」切実にそう信じている。



『この苦しい環境で暮らす人達は、どこからか救いの手が差し伸べられることを願っている。なんとかしてあげたい。この人達をほおってはおけない。』ジャーナリストが何度も危険な戦場に戻る理由は、ただこの一点なのではないでしょうか。

大切なのは辛く暗い戦争の現実だけを見るのではなく、そんな環境の中でも希望を持って生きようとしている人の姿を見ることなのだと思います。

後藤健二さんが、それを命をかけて発信してきたのであれば、私たちはそのことをしっかり受け止めなければいけないと思うのです。






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