森の食堂 ア・ラ・カルト

フランスの片田舎で、四季の食材を使った料理を楽しみながら、森の動物とネコ達と暮らす日々を綴ったブログです。

2015.02.08.Sun

街から姿を消していった職業①

中世期のパリはまだ下水道が設備されていなかったため、汚水をそのまま道に投げ捨てていました。以前のブログ→(鼻の都は臭かった・・)街の中はいつも生ゴミや汚物の臭いで溢れていたようです。そんな不衛生な街をなんとかしようと、19世紀末から20世紀初頭にかけ、ジョルジュ・オスマン (Georges-Haussmann)という人の手によって、パリ近代化へ向け都市整備が行われていきました。

それまで迷路のように複雑に入り組んでいたパリの道や家々を取り壊し、新たに大きなアパートをいくつも建て、水道と下水道を配備し、大通り、地下鉄、浄水場や貯水槽、学校や病院などの公共施設が作られ、現在のパリの街の基礎が出来上がりました。

そういったインフラの整備と近代化が進むに従い、人々の生活様式も大きく変わっていったようです。そんな中、徐々に姿を消していった職業がありました。
昔はどんな職業の人達がいたのか調べてみました。


1376941982-2_convert_20150208224947.jpg
以前、パリにはライフラインとなる水道が整備されていなかったので、人々は井戸や湧き水のあるところまで、水を汲みに行かなければなりませんでした。
そこで街で暮らす人のために水を運ぶ、『水の運び屋』-porteur d’eau-という職業があったそうです。

馬車などで水の入った大きな樽を街まで運び、それを左右10Lずつバケツに入れて、その界隈やアパートの階段(当時6階建て)を上り下りしていたそうです。


parc+de+la+villette+7+porteurs_convert_20150208225021.jpg

水の運び屋の多くは、オーベルニュ出身(ボルヴィックで有名な地方)だった。
人々の間では「犬の職業」« un métier de chien » と呼ばれ、
何度も水場と街を往復する肉体的にも大変な仕事だったようです。

しかし、街が近代化しアパートの最上階まで水が届くようになると
段々その職業も姿を消していきました。



kitchen-0021_20150209044011e12.jpg




marchand_de_coco_convert_20150209020202.jpg 372px-Marchand_de_coco_-_Chocolat_convert_20150209003436.jpg
飲料水では18世紀後半から20世紀初頭にかけて、フランス(主にパリ)とベルギーで『ココ売り』という人がいました。

『ココ』というのは、レグリス(Réglisse)という独特な香りと味のする木の枝とレモンの風味をつけた飲料水の事で、それを特製のタンクに入れて背負い、コップをいくつもベルトにひっかけて「ココ〜、ココ〜はいらんか〜!!」と鐘を鳴らしながら通りを歩いて商売をしていたそうです。

720577528_convert_20150210014500.jpg
marchand de coco

20世紀になると、タンクを背負わなくなり屋台で売られるようになりました。
こんな職業が100年以上存在してたんですね。

日々の糧を得る為に、通りで仕事をする人達。
今ではもうなくなってしまった様々な職業が、街には存在していたようです。
続く・・







コメント

2015.02.09.Mon

yoyoさん おはようございます

知らなかったパリの事。
とても興味深く読みました。
北海道も今は スイッチ一つで部屋が暖かくなる
時代になりましたが
子供の頃は 薪ストーブや石炭ストーブが
ほとんどでした。欠かせなかったのが 煙突掃除。
いまは 無くなった あの作業を 思い出しました。
2015.02.09.Mon

yoyoさ~ん♪

こんばんは~^^
コチラ時間でおはようございま~す^^

珍しい職業ですね・・・
でもその当時は必要で、どれだけ助かったか・・・
水は必要不可欠なもの・・・
そして重いですから、大変なお仕事だったと想像しました。

知らないフランスの昔のお話、興味深くとても楽しかったです^^

今日もお元気で~^^
素敵な日になりますように・・・
2015.02.09.Mon

面白いですね〜。
今でもパリのアパルトマンはエレベーターがなく階段だけの所が多い
と聞きますが昔は水運び大変だったでしょうねぇ。
人が大変だと思うところに職業って生まれるんですね〜。
ココ売りは豆腐屋さんを思い出しました。
今は豆腐の売り歩きなんてなくなってしまいましたが・・・
2015.02.10.Tue

水・・・日本はどうなんだろぅ?
フランスって、井戸がないのですか?
2015.02.10.Tue

こんにちは♪

yoyoさんお元気でいらっしゃいますか
久しぶりにコメント欄開いていたので\(^o^)/

>『水の運び屋』-porteur d’eau-という職業があったそうです。

そのような人の事を「犬の職業」等と呼んでいたとは・・・
人がいかに愚かで心の貧しい人間と言う事が良く判りますね

日本でもごみの収集やそれに近いような職業の方を軽視するような雰囲気がどこかにあります
とても嫌な事ですね そのような方がいなければ日々の生活が成り立たないのにね
私はごみを出す時にその方たちが怪我をしないように極力気を付けて出すように心掛けています
例えば串等もとがった所で刺さないようにとか小さな事ですがねやらないよりはましだと考えています

顔を合わせれば「ご苦労さま」と声を掛けています

最近のyoyoさんのブログは様変わりしましたがこちらの方もとても魅力的なブログですよ

2015.02.10.Tue

”ローマは1日にしてならず” と言いますが そうですね。
どこの国も 文化風習は違ても 偏見や差別ってあるものなのですね。 
2015.02.10.Tue

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.02.10.Tue

わぁ〜い コメント開いてるー!!

こんばんは〜ぁ☆  水を運ぶお仕事、、思いもよらない職業でしたー。水戸黄門とか見てると、井戸端でおばちゃんたちが会議してますよねー(笑)  井戸は遠かったんでしょうか〜。

そういえば、小さい頃は、お豆腐も、お魚も売りに回っていたかも。
ぶえん(無塩)は、いいやはんどか〜い? って (無塩魚はいりませんか?)って☆   
 ココはいらんか〜? ですかー。
やっぱり、鹿児島弁でなくて、フランス語で聞くと耳心地がいいんでしょうね〜。 

職業シリーズ、、② 楽しみにしておりますー!!
2015.02.10.Tue

こんばんわ♪

大変なお仕事ですねぇ。
自分にはとてもできない。
頭が下がりますね。
そういう方たちのおかげで豊かな生活出来るのだし感謝ですね。
近代化でそういう職業は減りましたが、それでもまだいろんな職業があると思うし、自分も気を引き締めて明日からまた仕事頑張ります^^
2015.02.10.Tue

時代と共に生活様式も変わりますね。
私の仕事も以前はパソコンなどで絵を描いたり
ソフトを使ってデザインしたりなんて、なかったんですが。
いまではアナログからデジタルへと
変わってしまいましたね。
2015.02.10.Tue

そうなんだー!
めっちゃ意外でした。パリには当然、上下水道が常備され、
その上で町を作ったと思いこんでましたわ。
ココ売り!良いですねー!僕は昭和の世代なんですが、
なんか、懐かしい雰囲気がします(笑)
2015.02.10.Tue

大変なお仕事が有ったのですね。
今みたいな超高齢化社会になれば、なんとなく似たような職業も生まれるかもです。
あーー、そういえば、子供の頃は水洗トイレじゃあなかったから、「汲取車」が来て汚物を汲み取っていましたね。
あれも、今思うと大変なお仕事だったと思います。
レッキとした「公務員」の方でしたが、気合いが入っていましたね。
今の人はああいうお仕事出来るのかな・・?
2015.02.10.Tue

yoyoさん、こんばんは☆

今日は少し暖かくって、日差しも強さを増した気がしましたよ。

日本にもなくなってしまった職業、いろいろありますね。
お豆腐屋さんもプーピィーって来てたり、お馬のパン屋さんや川魚を自転車の後ろに積んだ人やそういう行商がなくなりました。
屋台もほとんど見ません。
ビルの上までお水を運ぶのは、本当に大変な労働でしたね。
オーヴェルニュの方が多かったのは、出稼ぎでいらしてたのかしら?美味しいチーズがあっても昔は貧しい地域だったのでしょうね?
ココ、美味しそうですね(^^)
2015.02.10.Tue

Re: えぞももんがさんへ

えぞももんがさん、おはようございます♪
今ではもう見かけなくなってしまった職業、日本にも色々るのでしょうね。
私の子供の頃にも、こうもり傘を直す人や、庖丁を研ぐ人などが
いたのを覚えています。

ストーブの煙突掃除というのも、真っ黒になりながらの大変な仕事だったと思います。
そんな時代に思いを馳せながら、色々と調べるのも楽しいものです。

2015.02.10.Tue

Re: Paganiniさんへ

Paganiniさん,おはようございます♪
昔は地域の町や村に根ざした職業というものが、たくさんあったようです。
きっと今よりも人々との交流があったのだと思います。
今ではあまりお互いを干渉しなくなっている分、ちょっと寂しい気もしますね。

アフリカなどでは、こういった生活水を頭にのせて運んでいるのをテレビで
見かけます。
何kmも離れた所に水を汲みに行くのですから、大変な仕事だったでのでしょうね。

どうぞ、Paganiniさんも、良い一日をお過ごしくださいませ。^-^
2015.02.10.Tue

Re: さとちんさんへ

さとちんさん、おはようございます♪
今でも古いアパートには階段だけで、エレベーターのないところがあります。
もともとエレベーターを考えた設計ではなかったので、あとから付けたした
エレベーターも1〜2人しか乗れない小さなものがあったりします。

結局、石焼き芋やラーメンのチャルメラも似た様なものですよね。
パ〜プ〜♪て豆腐屋さん、懐かしいです。^-^
2015.02.10.Tue

Re: こすずめさんへ

こすずめさん、こんにちは♪
パリの街のあちこちに湧き水が出る場所はあったみたいです。
ただ5〜6階建てのアパートに水道が引かれるようになったのは
1900年以降?だったようです。
そう考えると、結構遅い感じもしますね。
コレラが大流行した時代もありました。
2015.02.10.Tue

Re: はやとうりさんへ

はやとうりさん、こんにちは♪
この仕事をしている人達は、出稼ぎのような形で始めたのではないかと思います。
水場から遠くに住む市民にとっては、大変有り難い存在だったのでしょうね。
地道に働いて、家を建てたり買ったりすることができる収入はあったのだそうですが、体が資本のキツい仕事だったのでしょうね。
こういう方達がいてこそ社会が成り立っているのですから、感謝しないといけませんね。

> 最近のyoyoさんのブログは様変わりしましたがこちらの方もとても魅力的なブログですよ
ありがとうございます、はやとうりさんにそういっていただけると私も嬉しいです。^0^/
2015.02.10.Tue

Re: なに子さんへ

なに子さん、こんにちは♪
ヨーロッパ辺りでは、ある国の人達が占める割合の多い職業というのがあるんです。
例えば家を建てる人では、ポルトガルから移り住んだ人が多いです。
掃除婦や家政婦さんでは、アフリカ系の方、アパートの管理人さんは、ユダヤ系の方。
差別によって生まれた訳ではないと思うのですが、言葉がしゃべれなくてもフランスに来る人たちが多かった時代には、そういった仕事をする人も必要だったのかもしれませんね。
2015.02.10.Tue

Re: 鍵コメyo様へ

こちらもまだ寒い日が続いていますが、春はもうすぐそこまで来ているみたいです。
冬が寒いと、余計に暖かい季節が恋しくなりますね。
いつもお気遣いありがとうございます。^-^
2015.02.10.Tue

Re: えいちゃんへ

> わぁ〜い コメント開いてるー!!

あはっ!スミマセン、いつもコメ欄閉めてばかりで〜^0^;/
水戸黄門で井戸端会議シーンですか!?今でもあのドラマ続いてるんですね、驚きです!!東幹久が黄門さん??
パリにもあちこちに井戸?というか湧き水場のような所はあったみたいですよ。
今もそこにはモニュメントのようなものが立ってます。
昔は水を汲んでいるときに、そこで世間話でもしたんでしょうね〜!

> ぶえん(無塩)は、いいやはんどか〜い?
うわ〜、これは上級者向けのお国訛りですね、翻訳してもらわないと全く分かりませんねーー!笑
えいちゃんに喜んでいただけるように、第二弾ガンバリまーす!^0^/

2015.02.10.Tue

Re: ゆっきーさんへ

ゆっきーさん、こんにちは♪
> 大変なお仕事ですねぇ。自分にはとてもできない 頭が下がりますね。

本当ですね、水をかついで毎日何往復もしたんでしょうね。
肩の骨や筋肉も半端なく頑丈だったのかもしれません。
パリの街が徐々に近代化と共に、自分の仕事が無くなって行く不安がじわじわと迫ってきたのかもしれません。
ゆっきーさん、たちの悪い風邪に気をつけて、お仕事頑張って下さいねー!^0^/
2015.02.10.Tue

Re: ごくしげさんへ

ごくしげさん、こんにちは!
そうなんでしょうね、お仕事で絵を描いているかたのほとんどが
今はパソコン画が主流になっているみたいですね。
色を塗ったり、消したり自在にできるのが良さそうな気がしますけど
やはりそれなりにコツもあったりするんでしょうね。

今ではこういった地味な仕事をする人が少なくなりましたけど
昔の人達はそんな仕事を通して、人間同士の繫がりを今より持っていた
のではないかという気がしています。


2015.02.10.Tue

Re: onorinbeckさんへ

onorinbeckさん,そうなんですよ、パリのアパートに水道が引かれたのが
以外に遅かったみたいで、ちょっと驚きました。
下水も充実していなかったのは、それだけ街がごちゃごちゃの状態で
建てられていったのかもしれませんね。

このココ売りのおじさんを見て、日本の紙芝居を思い出しました。
子供達にとっては、いつも楽しみにしていた飲み物だったのでしょうね!
2015.02.10.Tue

Re: ペチュニアさんへ

ペチュニアさん、こんにちは♪
> 今みたいな超高齢化社会になれば、なんとなく似たような職業も生まれるかもです。

本当ですね、自宅まで来てくれる色々なサービスは、障害者やお年寄りにとってはとても有り難いことだと思います。
ネットで買い物ができることも嬉しいサービです。ただ買い過ぎたり、出不精になる危険もはらんでいますけど・・
ありましたね〜、汲み取りの車のタンクを洗うバイトを聞いた事があります。(@0@)

フランスに今でも残ってる屋台と言ったら、クレープ屋さんかもしれません。
いつも店先からバニラの良い匂いが漂って、つい食べたくなるんですよ〜!
2015.02.10.Tue

Re: jugonさんへ

jugonさん,こんにちは!
> お馬のパン屋さんや川魚を自転車の後ろに積んだ人やそういう行商が・・

そんなのがあったんですね!それは知りませんでした。
私の子供の頃は、コンニャク(味噌田楽)をリヤカーで引っ張る人がいたのを覚えています。
こうもり傘を直す人が「こうもりや〜〜★」って言いながら町を歩いているのを見て、怖い〜〜って思ってましたよ。苦笑

そうなんです、jugonさんのおしゃる通り、このオーヴェルニュの人達は、水を汲む仕事がなくなってからは、チーズ屋さんになる人もいたと書いてありましたよ。
フランス人には、自分の出身地に誇りと愛着を持っている人が多い気がしています。
このココのキャンディーが、今はどこにでも売られていますよ!
2015.02.11.Wed

パリの珍しい話と貴重な写真、興味深く拝見しました。
昔、パリの街が臭かったとか。
今のお洒落なイメージからは考えられないですね。
どなたかも書いていらっしゃいましたが、
日本でも昔はお豆腐屋さんとか、乾物屋さんの軽トラとか
いろいろありましたね。
アイスキャンディも売りにきてたような気がします。

水道水、逆に都会の集合住宅では飲めなくなりました。
水道管が老朽化しているようで。
私も飲み水のペットボトルをいつも買っています。
昔は水道水、ゴクゴク飲めたんですけどね。
今は何となく飲む気になれません。
便利になる一方で、不便なこともいろいろ出てくるものですね。
2015.02.11.Wed

こんにちは yoyoさん
コメント欄が開いていて嬉しいです。
今ではなくなってしまった職業ですか。
とても興味深く拝読させていただきました。
どの職業も大変な重労働だったのでしょう。
お水が出るのも電気がつくのもすべて当たり前のように
感じてしまう生活からはじまった私たちですが
何をするのもたくさんの人の力があるからこそということを
きちんと子供たちに伝えていかなくてはと
またあらためて感じました。
続きも楽しみにしています。
2015.02.11.Wed

その土地に住んで初めて判る、裏事情、
パリにも苦労して水を運ぶ職業があったのですね?

子供の頃、魚を売るおばちゃんが
氷を入れた箱を自転車にのせてきていましたね?
祖母の時代は、水売りさんもいたようです~~

今思えば、豆腐屋さん、焼き芋屋さん、金魚屋さん
風鈴屋さん、色々ありましたね?
御用聞きさんも・・・
2015.02.11.Wed

とっても大変だったのだろうけど・・・なんかおもしろいなぁ、いいなぁって思っちゃうにゃあ!
日本ってどうだったのかにゃあ?・・・と思って調べたら・・・日本の場合はし尿は貴重な肥料として利用、上水は井戸が長屋にあって・・・みたいなことが出てたにゃあ。水源が遠い地域は「水ぅいらんかねー」みたいに売りにくる人がいたのかなぁ?
今は水道は普及して楽にお水が手に入るけど・・・水道の民営化いるうんぬんのお話や(お水も電気なんかもだけどライフラインを独占企業や外資にゆだねるのってとってもリスキーだと思うのにゃあ・・・)、神奈川のお家の辺りくらいまで東日本はまだ水道水からセシウム出てるしね・・・ 便利と引き換えにするものもあるような気がするにゃあ・・・
2015.02.11.Wed

Re: おばんさんへ

おばんさん、こんにちは♪
これらの話は1900年前後にあったことですから、だいたい100年前になって街にもようやく水道が行き渡るようになったんですね。
それからたった100年の間に、CO2が激増したというのもちょっと怖い気がします。

フランスでもいつの間にか、ミネラルウォーターばかりが飲まれるようになりましたが
パリの水道水というのは、ちゃんと健康のことを考えて調整してあるらしいので、もっと水道水を飲んで下さいという風に言われているようです。
ミネラルウォーターの企業の戦略に乗せられた感もありますね。

東京近郊の水は、塩素臭くてちょっとそのまま飲むには抵抗がありますね。
でも初めてミネラルウォーターが、世に出始めた時には、お金を出して水を買うなんて、とっても驚きでした!
2015.02.11.Wed

Re: イヴままさんへ

イヴままさん、こんにちは♪
スミマセン、いつもコメ欄閉じることが多くて・・
今では蛇口をひねれば、水が出て当然のようになっていますけど
こうやって重たい水を運ぶ人の苦労を思うと、無駄にはできませんよね。

電気でもなんでも、いくらでもあると思うとつい無駄にしてしまいます。
時々こうやって昔の人の仕事ぶりを振り返ることも大切だなと実感しました。
2015.02.11.Wed

Re: ようちゃんさんへ

ようちゃんさん、こんにちは♪
> 祖母の時代は、水売りさんもいたようです~~
> 今思えば、豆腐屋さん、焼き芋屋さん、金魚屋さん
> 風鈴屋さん、色々ありましたね? 御用聞きさんも・・・

そうですね、日本にも今では見られなくなった、たくさんの仕事がありますね。
どれも地味ではありますけど、人と人が交流できる大事な場所だったのだと思います。
ネットで買い物できるというのは、とても便利ではありますけど、
人の温もりが感じられなくなるというのは、危険なことのような気がします。
物を大事に扱う気持ちを大切にいしたいと思います。

2015.02.11.Wed

Re: Gaviちゃんへ

Gaviちゃん,こんにちは〜!
> とっても大変だったのだろうけど・・・
なんかおもしろいなぁ、いいなぁって思っちゃうにゃあ!

本当そうですよ。何度も重い水を抱えて往復することは、とても大変なこと
ですから、それを経験したりそういう人が運んでくれた水だからこそ、
大事にしなきゃと思います。簡単にすぐ手に入るものばかり求めてはいけませんね。

あと数年後には東京でオリンピックがありますけど、河川から流れてくる
セシウムが東京湾に貯まるピークが、あと5年後?という研究結果があるようです。

たった100年でこの変化ですから、これから世界はどうなって行くのでしょうね。
2015.02.12.Thu

今回紹介してくださった職業で、現在も活躍しているのは椅子直し職人とガラス拭きぐらいかしら。
レグリスとレモン風味の水、どんな味なのかちょっと想像がつきません。
戦後大量消費の時代に入り、物は壊れたら買い替えるというのが当然になってしまいましたが、家具や食器を修理してくれる人がいたら絶対お願いすると思います。
毎日散歩で泥だらけになったワンを洗うのが大変なので、ワンちゃん洗いも是非お願いしたいし、夏はお隣の牛さんのせいで、ハエが大量発生するので、ハエ取り職人さんにも来ていただきたい。
2015.02.12.Thu

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.02.12.Thu

Re: タヌ子さんへ

この座る部分が藁の椅子は、義父の家で見たのですが、とても丈夫な感じがしました。
これからはこうやって直す人も貴重な存在になってきますね。
割れた食器はどうやって直していたんでしょうね。日本の金継ぎは、逆に高価な感じになりますけど、フランスではどんな風に直していたんでしょう。見てみたいです。

ハエ取りや犬を洗う人までいたというのは、ちょっと驚きました。
ただ待ってるだけではお客はつかめないでしょうから、強引に客引きをしていたのかもしれませんね。
写真を見て、あれこれ想像するのも面白いです。^-^

2015.02.12.Thu

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.02.13.Fri

前回のコメントに書き忘れましたが、先日日本のテレビでかけはぎ屋さんの技術を見て感動しました。
http://www.emiya.ne.jp/
この職業がいつまでも消えないことを祈ります。
2015.02.14.Sat

こんばんはー
この時代、みなさん必死だったでしょうねぇ。田舎で耕す土地を
持てる人は恵まれたほうで、あぶれて都会へ出てきた人たちは
何をしてでも稼いで生きなければいけなかったんだと思います。
たぶん当時の日本も・・・
2015.02.14.Sat

Re: タヌ子さんへ

私たちもただ安い物だけを求めずに、質の高いものを長く使うように
心がけなければいけませんね。
こういった丁寧な職人さんの仕事を理解できる目を持ちたいと思います。

昭和37年創業、ひとハリ入魂の職人わざが無くならないように、
ぜひ良い後継者が育って欲しいものです。
2015.02.14.Sat

Re: 椿の茶屋さんへ

椿の茶屋さん、こんにちは♪
当時パリ万博で世界から注目を集めるようになって、街は活気に満ちていたようです。
近隣の国からの出稼ぎの人達も混ざり、パリ市民の働く平均時間も12時間以上という状態で、景気は上向きになっていたようですが、誰もが良い仕事を得られるという訳ではなかったのでしょうね。

とは言え、多くの人が成功を夢見て一生懸命に生きていた、そんな時代だったのかもしれません。
まさかこの後に起こる戦争で多くの人が命を落とすとは、思いもよらなかったことだろうと思います。
2015.02.16.Mon

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.02.16.Mon

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.02.18.Wed

絵葉書

やはり写真の技術が素晴らしかったのでしょうか!

人の生活と結びついて記録を残したみたいな、
何気ない日常生活も時を越えてよみがえってくる気がします。
もっと写真集を買い求めるべきでした、残念!
2015.02.18.Wed

Re: ヴェルソさんへ

ヴェルソさん、1枚目の写真はとても綺麗に撮れていますよね!
エッフェル塔を建てていく段階でいくつも写真が残されていますけど
よく撮れたものが多いですね。

私も市場に行ったときなどは、ブログのことも考えて写真を撮ることも
ありますけど、なかなか人ゴミのなかでシャッターをきるのは、観光客の
顔をしてないと、ちょっと抵抗がありますね。
でもあとあとのことを考えると、記録に残しておくというのは、自分に
とってもとても意義のあることとして残っていくと思います。
白黒写真も面白いですね!
2015.02.23.Mon

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://morinoshokudo.blog.fc2.com/tb.php/625-ab8ee5ce

 | HOME |