森の食堂 ア・ラ・カルト

フランスの片田舎で、四季の食材を使った料理を楽しみながら、森の動物とネコ達と暮らす日々を綴ったブログです。

2015.02.17.Tue

ベルエポック Belle époque 

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19世紀末から1914年にかけて、パリでは万博博覧会の開催、地下鉄の開通、アールヌーボーの開花、オリンピックの開催、オスマン氏によるパリの大改造、大手百貨店の開店、自動車の普及と、どれをとってもこれまでにない大きな繁栄を遂げ、『ベルエポック』 (Belle époque)と言われる、これまでのフランスの歴史の中でも、最も華やいだ時期を迎えていました。

この時に建てられたエッフェル塔の存在は、当時の金属産業と建築技術を集結した、まさに時代の象徴といえるのがよく分かります。



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Le Grand Palais グラン・パレ
熱気球の展示風景



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セーヌ川沿いには100のパビリオンが集まり、夢に溢れコルセットをきつく締めた女性達はオシャレを競い、絵画、彫刻、ファッション、映画、家具、宝石、など様々な芸術においてパリは世界の中心と言われた。




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Les Halles (レ・アール、日本でいう築地と同じ、当時フランス一の市場)

街は活気に溢れ、人々は輝きに満ち、仕事を求めて多くの人がパリに集まりました。


    






しかしこの後、1914年から1918年まで4年間に及んで
毎日およそ1万人の死者が出たと言われる第一次世界大戦が始まるとは
誰も予想できなかった。

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Reims Cathedral レンヌの街





2015.02.15.Sun

1878年 パリ万博 

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1878年パリ万博にて ニューヨークへ送られた自由の女神像の頭部








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2013年3月 セーヌ川の自由の女神




2015.02.09.Mon

街から姿を消していった職業②

前回の続きです。

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Raccommodeur de faïence et de porcelaine
割れた食器を直すという仕事。
食器だけでなく陶器一般、壷や鍋も。

その他、裁縫をしたり傘を直す人、カゴを直す人も通りに出て仕事をしていました。




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これは椅子を直す人 rempailleur de chaises

普通の腰掛け椅子は、座る部分が藁でできていました。
古くなるとその部分だけを張替えていたようです。



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座る藁の部分を張替え中 





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ramasseur de cigare

タバコの吸い殻を拾い集めて、新たにタバコ作り直す。
いわゆるシケモク作り。





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ガラス屋さん Le Vitrier
割れたガラスを取り替える人

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ベットを縫い直し中? Matelassiere






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刃物を研ぐ人  rémouleur

丸い砥石を回転させて刃を研ぐようです。





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店頭のガラス拭き  Nettoyeur de devantures






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Vendeuse de journal
新聞を売る女性。


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Vendeuse Boulangerie
パンを売る女性




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ハエを捕る人



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下水道でネズミを捕まえる人




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ワンコを洗う仕事

こうなると何でも商売になってきますね。





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Le charmeur d’oiseaux.
公園にいる鳥達を相手に(大道芸)










2015.02.08.Sun

街から姿を消していった職業①

中世期のパリはまだ下水道が設備されていなかったため、汚水をそのまま道に投げ捨てていました。以前のブログ→(鼻の都は臭かった・・)街の中はいつも生ゴミや汚物の臭いで溢れていたようです。そんな不衛生な街をなんとかしようと、19世紀末から20世紀初頭にかけ、ジョルジュ・オスマン (Georges-Haussmann)という人の手によって、パリ近代化へ向け都市整備が行われていきました。

それまで迷路のように複雑に入り組んでいたパリの道や家々を取り壊し、新たに大きなアパートをいくつも建て、水道と下水道を配備し、大通り、地下鉄、浄水場や貯水槽、学校や病院などの公共施設が作られ、現在のパリの街の基礎が出来上がりました。

そういったインフラの整備と近代化が進むに従い、人々の生活様式も大きく変わっていったようです。そんな中、徐々に姿を消していった職業がありました。
昔はどんな職業の人達がいたのか調べてみました。


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以前、パリにはライフラインとなる水道が整備されていなかったので、人々は井戸や湧き水のあるところまで、水を汲みに行かなければなりませんでした。
そこで街で暮らす人のために水を運ぶ、『水の運び屋』-porteur d’eau-という職業があったそうです。

馬車などで水の入った大きな樽を街まで運び、それを左右10Lずつバケツに入れて、その界隈やアパートの階段(当時6階建て)を上り下りしていたそうです。


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水の運び屋の多くは、オーベルニュ出身(ボルヴィックで有名な地方)だった。
人々の間では「犬の職業」« un métier de chien » と呼ばれ、
何度も水場と街を往復する肉体的にも大変な仕事だったようです。

しかし、街が近代化しアパートの最上階まで水が届くようになると
段々その職業も姿を消していきました。



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飲料水では18世紀後半から20世紀初頭にかけて、フランス(主にパリ)とベルギーで『ココ売り』という人がいました。

『ココ』というのは、レグリス(Réglisse)という独特な香りと味のする木の枝とレモンの風味をつけた飲料水の事で、それを特製のタンクに入れて背負い、コップをいくつもベルトにひっかけて「ココ〜、ココ〜はいらんか〜!!」と鐘を鳴らしながら通りを歩いて商売をしていたそうです。

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marchand de coco

20世紀になると、タンクを背負わなくなり屋台で売られるようになりました。
こんな職業が100年以上存在してたんですね。

日々の糧を得る為に、通りで仕事をする人達。
今ではもうなくなってしまった様々な職業が、街には存在していたようです。
続く・・







2015.02.06.Fri

Paris 15区、メトロ6番線沿い

エッフェル塔に近いメトロの線(6番線)が作られてから100年が経つということで、その老朽化してきた鉄橋部分を去年の夏から改修工事していました。

この鉄橋ができた当時の様子が、ポストカードとして残っているので、散歩した時に撮った写真と比較してみました。


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commerce通り 
写真の奥はパリ万博の時に置いてあった観覧車。1910〜1920年頃? 
この頃はまだ車が走っておらず、パリの中には約10万頭の馬がいたということで
街中はひずめの音と馬車の音で、いつも賑やかだったそうです。

そんな音が煩わしい時は、道にワラを敷きつめることもあったとか。


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現在(上写真、陸橋の反対側、2013年)
鉄橋の下では今でも週二回市場が開かれています。

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当時







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15区 Clodion通り  Grenelle大通り  1930頃 

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現在







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commerce通り1930~1940年頃? 

馬車に代わって自動車が走り始めます。
まだ電気がひかれていない場所では、夜にガス灯に火を灯して回った。

生活ゴミは、鉄か木製のゴミ箱に入れて店頭に置かれ
回収したものは一部セーヌ川に直接捨てられていました。⬇

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ぎょっ!


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現在








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メトロ6番線  Viaduc de Passy   Bir-Hakeim橋 

まだこの6番線ができていない初期の頃、車両は木製でした。
ところが火災により80人以上が死亡するという事故が起きたため
1920年から鉄でできた車両に代わっていきました。



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現在
この鉄橋の下は映画やCMの撮影などで使われるので、
見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。


パリの歴史を調べていると19世紀末から20世紀初頭に行われたパリ万博に合わせ、大きく街が変化したことが分かりとても興味深いです。







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